Kahjin’s Weblog

[雑談]

未分類 カテゴリーへ kahjin が 6月 28, 2009 に投稿

夕立の刻。公園にて蹴鞠で戯れる男どもあまた。

「雨が降ってきたが、まあいいか。」

「雨にも濡れるいい男っていうだろう?」

「それをいうなら、水も滴るいい男だ」

男ども幼きこと止ん事無し。いとおもしろし。

[メモ]MeCab-python

未分類 カテゴリーへ kahjin が 6月 13, 2009 に投稿

pythonでmecabをbindingする方法(メモ)

on ubuntu 9.04:

  • mecab, mecab-utils,mecab-ipadic-utf8をインストール
  • libmecab-devをインストール
  • mecab-pythonをインストール

注意点

  • mecabだけだと、最初文字化けする。
  • libmecab-devを入れないと、mecab-pythonをインストールできない(buildでこける)。

振り返り

Synaptic Package Manager で関連しそうなものを見ておくべきだった。

[雑談][生活]色目がね

未分類 カテゴリーへ kahjin が 6月 13, 2009 に投稿

目が疲れたら、遠くの山(緑)を見るといいと言われることがよくある。なぜ、これがいいのかというはもう解説があると思うので、それは端折って、私なりの対処方法を説明したいと思います。これで視力回復を図れるとは考えないでください。

まず、目が疲れた状態というのを問い直すと、目が疲れたと感じるときはいつなのか?

  • 派手なものを見たとき
  • 起きている時間が長いとき
  • 照明下のくらがりで作業したとき
  • パソコンのディスプレイとにらめっこしたとき

生化学的にビタミンAが欠如しているためだとか、錐体細胞(赤、青、緑)の組み合わせで、色の複雑なパターンをシグナリングしているためだとか、眼という組織全体が疲弊したためとか、悍体細胞は明暗を司る細胞であり、その数は錐体細胞より圧倒的に多いから、暗がりの作業はそれらの多くの悍体細胞を疲弊させたためとか、焦点が近いところで定まっているため、毛様体という眼のピントを調節する筋肉が疲弊したためとか、ディスプレイという発光体に接近しているため、像をキャプチャーする網膜や視細胞が疲弊したためとか、ディスプレイ上の細かい字を見ることが多いので、目を細めたり、眉をひそめたり、まばたきを忘れたりするので、顔性疲労による二次的効果に因るためとか。

まあ、至近的要因なものはいくつもあるので、なんでもいいんですが、重要なのは光源との距離とその範囲であるということです。

それで、視力というのは光源との距離および範囲に関係しているということです。

他に、私は情報量(定義があいまいですが)が少ないからだと考えているからです。

でどうしてるのかというと、日々の儀式的ではありますが

  • 朝起きるときは、室内照明ではなく、カーテンを広げて、自然光で目を覚ます
  • 夜寝るときは、部屋を真っ暗にして、目を見開き、暗さに目が慣れてきたら、寝る

という感じです。できるだけ寝るときの視界は余計なものが目に入らないように、部屋の真ん中に布団を敷くとか、いろいろ工夫出来ると思います。

目覚まし時計ならぬ目覚まし自動開閉カーテンがほしいなあと思うこの頃です。

皆さんはどうしているでしょうか。

追記:2009-06-15

情報量が少ないというのは疲れない場合を想定しています。

一部の表現はキャリブレーションという言葉の方がわかりやすいですかね。

追記:2009-06-28

サーモクロミクス

[時事][自然]habitat fragmentationの一例

未分類 カテゴリーへ kahjin が 6月 4, 2009 に投稿

在来魚、最大の脅威は地形改変 琵琶湖・淀川水系 分析で判明

生育・生息環境の分断化がそこに固着・固有の動植物の生存ひいては繁殖に影響を及ぼすということの一例である。

湖岸や河岸のような境界環境に対して改変を行った場合にどうなるかは火を見るより明らかである。

生命のゆりかごは繊細で脆く、儚い。